無駄な期日が数回に渡り、裁判長からは、暗に、意味のない引き延ばしをしないように嫌みを言われ、被告代理人からは、白い目で見られるなど、乙弁護士は、散々な思いで、法廷に出頭していた。次回期日までに回答がない場合は、訴訟を打ち切りますという裁判長の話を伝えたところ、ようやく、Aが事務所に打ち合わせに来た。
 乙弁護士は、これまでの経緯や敗色濃厚なことを伝え、逆に、反訴が被告の勝訴で終わる可能性を伝えた。黙って聞いていたAは、おもむろに口を開くと、「何故、先生は裁判を起こしたのですか。」と聞いてきた。「それは、あなたが裁判を起こしてほしいと言ったからです。」と答えると、「裁判を起こすと言うことは勝つ見込みがあったからでしょう。」と言い返してきた。「証拠が他にないかは確認したでしょう。」と反論すると、「私の陳述書で勝てると思ったから裁判を起こしたのでしょう。」と言い返してきた。確かに、乙弁護士は、裁判に証拠が必要なことは伝えていたが、勝訴の見込みの点ははっきりと伝えていなかった。さらに畳み掛けるように、「陳述書を作ったのは専門家である先生で、私ではない。先生は勝てると思ったから、あの陳述書を出したのでしょう。」などと言ってきた。その上、「もし負けたら、先生の責任だから。先生が払ってください。」とまで言い出した。この当たりから、発言が前のようにきつくなり、専門家なら、負けるときは裁判で負けるとはっきり言うべきであるとか、私を騙して着手金を取ったのか、など、誹謗中傷を浴びせかけてきた。乙弁護士としては、逐一反論しようとしたが、散々罵られた上、「負けたら承知しないぞ。」と捨て台詞を吐いて、Aは帰って行った。
 それから、連日のように、おまえが悪い、裁判に勝て、という電話が入り、居留守を使うと、10分後には事務所に来て、居留守を使うな、と文句を言うようになった。乙弁護士は、何とかしようと思ったが、万策がつきていた。
 ある日、乙弁護士は、寝坊をした。既に昼近い時間で、携帯電話には事務所から何回か連絡が入っていた。多分、Aのことだなと思ったが、そのままにして、また、眠ってしまった。それ以来、部屋からは出ていない。 (完)