丙弁護士は、裕福な家庭に生まれ、何不自由なく育ってきた。いわゆる温室育ちであった。勉強もそこそこできたため、有名私大の法学部に入り、周りにつられて、司法試験を受けたところ、受かってしまった。いくつかの事務所を訪問したところ、中堅どころの事務所に入所することとなった。
 ある日、依頼者との打ち合わせの後に、ボス弁と先輩弁護士が、「丙君は育ちがいいから。」と話をしているのが聞こえてしまった。丙弁護士も、その話がいい意味ではないことは何となく察したが、敢えて気にもとめなかった。数日後の打ち合わせの後に、やはり、同じような話をしていることを小耳に挟んでしまった。丙弁護士は一体何だろうと思ったが、思い当たる節がなかった。自分としては、真面目に応対しているつもりであったが、何が悪いのかと、色々と考えてしまった。ここで、ボス弁なり、先輩弁護士なりに、確認すれば良かったかもしれないが、一人、悶々と悩んでしまった。鏡を覗いて、真面目そうな顔を作ってみたり、或いは、ネクタイを変えてみたり、或いは、依頼者と面談の際には、じっと目をそらさずに聞いてみたりなど、自分で考えられる限りのありとあらゆることを試してみた。
 ところが、ある日、ボス弁から、依頼者との打ち合わせに同席しなくていいと言われてしまった。(続)