本社ビルは都心の一等地のため、毎日毎日、違った不動産業者が連絡してきたり、事務所を訪問してきたりで、その応対に追われだした。壬弁護士は、不動産の売買など、経験したこともなく、どうすれば良いのか、さっぱり分からないし、いい加減な対応をすると、怒り出す業者もいて、だんだん、嫌になってきてしまった。
 業者の大半が中を見たいというのを、面倒くさいので、無視していたら、ある日、ボス弁に呼び出されて、「売買は進んでいるのかな?」と聞かれた。「いや、まだです。」と言うと、「本社ビルは行ってみたの?」と聞かれた。「いや、まだです。」と答えると、「現地も見ないで売ることはできないでしょう。早く見に行って、写真でも撮ってきなさい。」と指示された。早速、本社ビルに行ってみると、入り口の所にゴミが積み上げられていた。さらに、中に入ると、ものが散乱し、足の踏み場もない状態であった。ボス弁にその旨を報告すると、「きれいにしないと良い値段で売れないから、清掃業者を連れて、きれいにしてきなさい。幾らで売れるかによって、私の報酬も変わるのだから、良い値段で売れるかどうかが非常に重要なんだよ。壬先生は、私に無料奉仕をさせたがっているかもしれないけど。」と言われた。壬弁護士は、ボス弁が前の事件のことを根に持っていることも気になったが、破産管財業務が不動産業に思えてきた。言われたとおりに、本社ビルをきれいにして、希望の業者につきあって、中を見せたりもした。最終的に、一番高値をつけた業者と契約をしたが、決済日に、その業者が、代金が支払えないと言い出した。しかも、その段階で、2割減の代金であれば、すぐ払うとも言い出した。ボス弁にその旨を報告すると、「支払能力もちゃんと見極めないと困るじゃないか。破産管財人としての私に恥をかかせるの。」と烈火のごとく怒った。「不動産の取引をするのは初めてなので。」と言い訳したが、「これが君がやりたがっていた破産管財業務だよ。」と突き放されてしまった。この一言で、壬弁護士は、自分の思い描いていた破産管財業務が実務ではまるで違うと感じ、「失礼しました。」と頭を下げ、ボス弁の部屋を退室した。そのまま、自席の荷物をまとめて、事務所を出た。(完)