壊れてしまった弁護士たち

若手弁護士に実際に起きた出来事を、個人を特定できないように相応のフィクションを交えながら紹介していきます。

カテゴリ: #5 罠に嵌まる

 戊弁護士は、いわゆるソク独で、登録とともに事務所を開設した。昨今の就職難で、色々と就職活動をしたが、採用してくれるところがなかった。若干の蓄えがあったので、レンタルオフィスを事務所にして、開業した。最初の一ヶ月はほとんど仕事がなく、二ヶ月目に入っても、数万円の売上げしかなかった。そろそろ、蓄えも少なくなりかけていた。
 ある日、電話が鳴って、受話器を取ると、「戊先生ですか!!」とものすごく明るい調子で話しかけられた。
「はい。」と返事をすると、「私、DファイナンスのFと申しますが、当社は、弁護士専門の貸金業で、先生に融資をしたいと思いまして、連絡しました。」と切り出した。「事業資金でお困り出ないでしょうか。」と言われ、思わず、「はい。」と返事をしてしまった。「それでは、是非ご相談させてください。」と、またまた明るく言われ、打ち合わせの日取りを決めてしまった。何で、自分のところに電話が来たのか、ふと、疑問に思ったが、友人が気を利かせたのかな、などと勝手に納得してしまった。
 翌日、Fが事務所に来て、「いくらぐらいお入り用ですか。」と言われ、戊は、半年分の事務所経費と生活費を思い浮かべ、「300万円くらい」と言った。「そんなもんでいいのですか、」と言われたので、「500万円。」と言ってしまった。すると、「では、500万円で、契約しましょう。」とすかさず承諾してきた。戊弁護士は、あまりにも、簡単に承諾するので、「私は、成り立ての弁護士ですけど、いいのですか。」と問いかけると、「弁護士の信用は絶大ですから、特に信用調査は要らないですよ。特に、すぐ独立される方は優秀な方が多いので、皆さん、きちんと、返済してくれますよ。」と、ニッコリ笑った。「金利は若干高めの8.5%ですが、もし、返済がきつくなるようでしたら、ご相談ください。」と優しく言われ、戊弁護士は、すっかり信用してしまった。そして、その場で、現金500万円を受領した。Fは、帰り際に、「戊先生、レンタルオフィスでは、格好がつかないですから、どこか、事務所をお借りになったらどうですか。」と言って帰って行った。(続)
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 戊弁護士は、帰り際のFの言葉が気になり、確かにそうだなと思って、10坪くらいの事務所を借りることにし、内装も多少良いものを入れたり、パソコンやプリンターも少し良いものを買ってしまった。色々と、お金を使って、結局手元には、100万円しか残らなかった。
 三ヶ月目になっても、売上げに変化はなく、四ヶ月目には、借入金もなくなりつつあり、五ヶ月目には、返済が厳しくなった。そこで、恥ずかしい思いで、Fに電話をした。すると、Fは、前と同じように明るく、「では、会社に来ていただけますか。ご相談に乗りますよ。」と言ってくれた。戊弁護士は、明るい声に安心して、Dファイナンスを訪れた。Fは、「戊先生、失礼なことを伺うようですけど、月々の売上げはどのくらいですか。」と聞いてきた。戊弁護士は正直に答えた。「それでは、返済は無理ですね。困りましたね。」と暫し沈黙が続いたが、「戊先生、うちの仕事を手伝ってくれませんか。」と言い出した。戊弁護士としては、仕事があれば、返済は出来ると思い、「はい。」と言ってしまった。「では、何かありましたら、連絡しますので。」と言われ、特に、返済条件の変更をしないで、終わった。
 翌日から、Fさんの紹介で電話をしました、というお客さんが連絡をしてきた。大半が、債務整理であった。弁護士費用は、Fさんに何円と言われてきました、という人がほとんどで、通常の料金の半額以下であったが、文句をFに言って、仕事が来なくなることが心配で、敢えて、連絡はしなかった。多いときは、一日、3件も連絡が来て、その処理に日々追われだした。何で債務整理なんだろうと思ったが、大量に来る事件処理に追われ、落ち着いて考える暇がなかった。
 ある日、Fが事務所を訪れた。「戊先生、仕事の方はどうですか。今月の返済は大丈夫ですか。」と明るく言ってきた。「ええ、なんとかなりそうです。ありがとうございます。」と答えた。「それでは、今月分をいただいて帰ります。」と言って、現金を持って帰った。返済金と固定経費を払うと、戊弁護士の手元には、数万円しか残らなかった。その後、多い月と少ない月とはあるが、コンスタントに債務整理の事件は来た。月末の支払いが終わると、数万円しか残らない生活が続き、戊弁護士は、こんなことをやっていては、どうにもならないと思うようになった。そこで、Fに対し、弁護士費用の値上げの話をしてみようと思った。(続)
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 Fが、月末の取り立てに来たときに、戊弁護士は、「弁護士費用を値上げしてもらえないでしょうか。」と聞いてみた。Fは、ニッコリ笑って、「先生、事件を紹介するだけでも大変なのに、それ以上、わがまま言わないでくださいよ。」と言って、取り合ってくれなかった。
 Fが取り合ってくれないので、戊弁護士は、直接、お客さんと交渉しようと思った。ある日、事務所に来たお客さんに、「債務整理の通常の料金は、何円で、あなたの言う金額は安すぎる。」と説明すると、怪訝な顔をして、「Fさんに残りは払ってますから。」と言い出した。それを聞いた戊弁護士は絶句してしまった。弁護士としてやってはいけないことの片棒を担いでいたことを、今まで何十件もしてしまったことに気づいてしまった。弁護士職務基本規程違反、弁護士法違反という文字が頭の中でどんどん膨れあがっていった。打ち合わせを早々に終えると、Fに連絡を取った。戊弁護士が、「Fさん、騙していたな。」と言うと、Fは、「何でしょうか。」と言った。「弁護士費用の上前をはねていたでしょう。」と言うと、「ああ、そのことですか。何か問題ですか。人を紹介して、紹介料を取るのは当たり前でしょう。」と木で鼻をくくったような答えが返ってきた。「違法ですよ。」と激高して言うと、「それはあなた方の世界の話では、私には関係ないですよ。」と軽く躱されてしまった。「もう、こんなことはやめてください。」というと、「先生、仕事がなくて、返済できますか。」と言ってきたが、「結構です。」と電話を切った。(続)
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 翌日から、お客さんからの電話はなくなった。しかも、継続していた事件も依頼者が次々と断りの連絡をしてきて、記録を引き上げていった。縁が切れて良かったな、と内心思っていたところ、弁護士会から、書留郵便が届いた。封を切ると、綱紀委員会からの連絡であった。頭にきて、Fに連絡を取ると、「悪いことをしたら罰を受けるのは当然じゃないですか。」と笑われてしまった。「戊先生は評判が悪いですよ。インターネットを覗いてみたらどうですか。」と、Fは、笑いながら、電話を切った。何だろうと思って、戊弁護士の名前で、検索をしてみると、「悪徳」「業務提携」なる文字が次から次から出てきて、何十ページも、そのことが続いていた。よくよく見てみると、記録を引き上げていった人の名前が出てきており、その人たちが、弁護士会に申立をしたことまで書かれていた。被害者の会までできているようであった。そして、Fの名前がどこにも出ていないことに気づいた。何故だ。何故Fの名前が出てこないんだ。戊弁護士は、そこで気がついた。Fに嵌められたことを。
 冷静に考えれば、売上げのない弁護士にお金を貸すこと自体があり得ない話で、最初から手数料を取ることを前提に、金を貸し、行き詰まったところで、仕事を紹介し、問題となったところで、すべてを弁護士の責任として、逃げる。戊弁護士は、「これでは、お釈迦様の手の中の孫悟空だな。」とつぶやいた。いまさら、どう言い訳をしても、通用しそうもないと思った途端、戊弁護士は事務所を後にした。
 某県の浜辺に一枚のメモ用紙が落ちていた。
      「孫悟空 手のひらの中 お釈迦かな。」(完)
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