壊れてしまった弁護士たち

若手弁護士に実際に起きた出来事を、個人を特定できないように相応のフィクションを交えながら紹介していきます。

カテゴリ: #7 怖い相手方

 新人の庚弁護士は、ある飲食店のフランチャイズ契約の交渉を任された。定型的な契約の締結であるため、契約条項の説明をして、相手方が応じてくれれば、契約となり、応じてくれなければ、不成立という、単純な仕事のはずであった。各店舗毎に違う内容の契約はできないため、依頼会社からは、駄目ならばそれで良いと、言われていた。
 当日、相手方の会社を訪れると、広々とした、お金のかかっていそうな内装の応接室に通された。皮のソファに座って待っていると、イタリア製高級スーツに身をくるんだ少し痩せ形の男性が出てきた。「私が社長のGです。」と言って、自己紹介された。庚弁護士は、物腰が柔らかく、こういう人が紳士というのかな、などと、思っていた。「これから、我社は飲食事業をやろうと思っているのですが、まずは、御社のフランチャイズ店を始めようと思っています。色々とご指導ください。」と繰り出した。庚弁護士は、丁寧な物言いに感心して、思わず、「こちらこそ、よろしくお願いします。」と答えてしまった。事前に契約書の案は送っていたし、信用できそうな人だったので、本来はするべき条項の確認をしないで、調印をお願いしてしまった。Gは、「内容は確認しています。分かりました。」と言って、社判と代表印を押した。調印後に、Gから「売上げを上げるために、店内でちょっとした工夫をしても良いでしょうか。」と言われたので、「多分大丈夫ですが、細かいことは担当者に確認してください。」と答えた。「売上げがあがらないと、フィーが払えないですから、努力させてください。」と言ったので、「頑張ってください。」と言って、会社を後にした。庚弁護士は、楽な仕事だなあ、こんな仕事でボス弁は一体幾ら貰うんだろう、などと考えながら、事務所に戻った。(続)
    このエントリーをはてなブックマークに追加

 一月後ぐらいに、依頼会社の担当者から、連絡を受けた。「庚先生はGさんとどのような話をされたのでしょうか。」と言われ、「特に、普通に調印しただけです。」と答えると、「ちょっと問題が起きているので、事務所にお伺いします。」ということであった。担当者の話では、Gは、指定の調度品を使わずに、少し高級そうな椅子やテーブルを入れたそうである。そのため、利用客が他の店舗も同じようにして欲しい、という声が多数寄せられていて、会社でその応対に負われているとのことであった。会社としては、契約書とおりに、指定に調度品を使って欲しいと指示をしても、Gは、庚弁護士が了承しているとの一点張りで、応じてくれないとのことであった。庚弁護士は、あの時のちょっとした工夫とはこのことかな、もしかして、Gの趣味かな、と思ったけど、「契約内容は確認されていましたよ。」と答えたところ、「それでは、もう一度話をしてみます。」と言って、その日は担当者は帰っていった。
 翌日、また、担当者から連絡があって、「埒が明きません。先生、一度、Gさんの所に行ってくれませんか。きちんと説明してきてくださいよ。」と頼まれた。早速、Gとのアポイントをとって、1週間後に会社に伺うことになった。
 会社を訪れると、また、同じ応接室に通された。そして、Gが出てきたが、もう一人、体の大きな山のような男性を伴っていた。「こちらは、店を任せている店長です。」と紹介された。相変わらず、柔らかい物腰で微笑みながら、話しかけてきた。庚弁護士は、「早速ですが、調度品のことですが、先日、調印した契約書の第‥」と言いかけたところで、話を遮って、「先生はちょっとした工夫は良いと言ったでしょう。」と言い出した。「そのことは、担当者に確認し、‥」と言おうとすると、また、遮られて、「努力させて欲しいと言ったら、頑張ってください、と言ったではないですか。」と言ってきた。相変わらず、物腰は柔らかいが、内心の怒りがじわじわ伝わってくるようであった。ふと、横を見ると、店長が顔を真っ赤にして鬼のような形相で睨んでいた。庚弁護士は、何か様子が違うなと思いながら、できるだけ、店長の顔を見ないようにした。(続)
    このエントリーをはてなブックマークに追加

 Gは、「先生、私の工夫で私の店の売上げは結構いいのですよ。この努力を何故会社は評価してくれないのですか。」と言って、全く譲る気配がなかった。庚弁護士は困ってしまって、「契約に違反した場合は契約解除になりますよ。」と言うと、「先生が良いと言ったから、私はしたのであって、どうしても駄目だというなら、あの時、調度品のことを説明してくれれば良かったではないですか。」と少し、怒ったように言った。
 ここで、庚弁護士は、本当に困ってしまった。本来であれば、契約締結の際に、調度品の条項はきちんと説明して欲しいと、指示されていた部分であった。どちらかというと、開業費を節約するために、調度品に関しては、会社の指定した物以外の粗悪品をこっそりと使ったりすることが多くあったので、現在は、契約上仕入業者まで指定してあった。担当者からは、せこい人がいるので、ここのところはきちんと説明してくださいよ、と念押しまでされていたのである。庚弁護士が、正直に、調印の経緯を説明すると、会社に念押しされていた説明を省いたことがばれてしまうし、黙っていても、Gの方から、説明がなかったと言ってくる可能性もある。自分の落ち度を何とかする良い方策が思い浮かばないので、「一度会社の人と相談してきます。」と言って、会社を後にした。帰り際に、店長の方をこっそり見てみると、目が合ってしまった。その目がニヤリと笑っているように見えた。
 事務所に戻って、担当者に連絡を取り、かなり強行である旨を伝えると、あっさりと、「それでは、解除の方向で検討してください。」と言われてしまった。庚弁護士は、それでは、自分の立場も問題となってしまうので、「もう一度交渉してきますから、待ってください。」と答えて、解除通知を待って貰うことにした。急いで、Gに連絡を取ると、翌日の午後10時を指定された。ずいぶん遅いと思ったが、焦っていたので、応諾した。
 翌日会社を訪ねると、狭い会議室に通された。少し上気した顔のG、店長に続いて、柄の悪そうな者が二人入ってきた。その圧迫感で、庚弁護士はこれはまずいのではないかと思いだし、気持ちがどんどんと萎えていくのが分かった。もしかして、Gは悪い人ではないかと思えてきた。「それで、会社の方はどうなりましたか。」とやはり物腰柔らかく聞いてきた。庚は何か言おうとしたが、「あの、あの‥」で止まってしまい、「次の言葉がなかなか出てこなかった。突然、店長が「何聞こえないぞ。」と大声で怒鳴った。その声の大きさと迫力に、庚弁護士は、頭をハンマーで殴られたかのようにショックを受け、「いや、あの‥」としか言えなくなってしまった。「それではよく分からないのですが。」とまた同じように物腰柔らかく聞かれてしまった。庚弁護士は、気力を振り絞って蚊の泣くような声で、「会社は契約違反は解除にすると言っています。」と何とか伝えた。Gは、「じゃあしょうがないですね。でも、先生は私たちの味方ですよね。先生がいいと言ったのだから。」と言って、部屋を後にした。庚弁護士が、「ちょっと待ってください。」と言うと、ニッコリ笑った顔の店長が前を塞いだ。
 翌日、腑抜けのようになった庚弁護士が、ボス弁に辞表を提出した。「急にどうしたんだ。」との問いかけに、返事はなかった。(完)
    このエントリーをはてなブックマークに追加

このページのトップヘ