壊れてしまった弁護士たち

若手弁護士に実際に起きた出来事を、個人を特定できないように相応のフィクションを交えながら紹介していきます。

カテゴリ: #9 学説と実務

 壬弁護士は、企業再生や破産管財業務にあこがれて、司法試験の選択科目も破産法を選択し、受験中に、破産法の論点はすべて勉強し、破産法の成績もかなり高得点であった。いくつかの事務所を就職訪問したところ、ある事務所で、「君は破産法が得意なのか。」と聞かれ、「はい。破産管財業務をしてみたいと思います。」と答えると、「是非、うちに来てください。」と言われた。自分の能力を高く買われた気がして、この事務所に入ることとした。ボス弁がそこそこの規模の破産管財人をしており、勉強になると思っていた。
 壬弁護士は、入所後しばらくして、個人破産の申立事件を任された。ボス弁から、「君にとっては、簡単かもしれないけど、基本だから。」と言われ、準備を始めた。
 壬弁護士は、いざ、始めようとして、破産法の論点は勉強していたが、手続面はほとんど分からないことに気がついた。ボス弁に得意といった手前、今更、聞くこともできないと思い、ネットで色々調べて、書式を入手した。債権者一覧表は何とか作ることができたが、家計の状況をどうやって作って良いかが分からなかった。とりあえず、依頼者に作らせることにして、申立書類一式を仕上げた。できたものをボス弁に見せたところ、「壬先生、家計の状況を作るときに、きちんと通帳の数字を確認した。」と言われた。「いいえ、依頼者に作って貰いました。」と答えると、「通帳の数字を拾ってごらん。ちょっと違うよ。」と指摘されてしまった。「はい。」と答えたものの通帳の数字を拾うということがよく分からなかった。通帳の写しをジーと眺めてみても、何をどうすれば良いか分からず、困ってしまった。一日眺めているうちに、給料として入金している額が、依頼者の書いている金額と違うことに気がついた。そこで、入金額と出金額をチェックすれば良いことに気がつき、一つ一つを書き出してみた。すると、支出に書かれていない生命保険料があったり、電話代も支出以上の金額が引き落とされていたり、など、かなりの部分で違っていた。財産目録にはなしと書いてある生命保険がありそうな点を含めて、再度、依頼者を呼んで、一つ一つ確認して、申立書を作成し直した。改めて、ボス弁に見せると、「まあまあ形になったな。」と言われ、壬弁護士はほっとした。(続)
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 2ヶ月後に、今度は、会社と代表者の破産申立事件を任された。代表者個人の方は、前の破産申立と同じようなものなので、何とか、準備できたが、会社の方は要領が分からなかった。元帳、前期の決算書、直近の試算表を渡されたが、何をどうして良いのか、さっぱり分からなかった。通帳を見れば良いかと思ったが、個人の通帳とは違って、月々の取引数が膨大で一つ一つを拾うなどはできない事に気がついた。ただただ唸っている日々が過ぎ、思いあまって、ボス弁に「何をすれば良いのでしょうか。」と聞いてみた。「破産の要件は知っているよね。債務超過かどうかが分かれば良いんだけど。」と言われてしまった。まずは、債権者一覧表を作ってみた。債権者数が、500を超えていたので、大変な作業であったが、なんとか、作り上げた。ここで、壬弁護士は、手計算で合計を出そうとした。何回やっても、金額が異なるという問題が生じた。もし、壬弁護士が表計算ソフトを利用することができれば、瞬時に問題が解決したのに、壬弁護士はその手のことは苦手であった。結局、何時間もかけて漸く一つの合計に達した。続いて、財産目録を作ろうとして、今度は、決算書の見方が分からなかった。これも色々なものを調べて、なんとか、資産項目の内容が分かってきた。不動産や預貯金は良かったのだが、数多くある売掛金の集計や動産の集計で、また一苦労してしまった。多分、誰かに聞けば、すぐに、表計算ソフトや破産用のソフトを紹介して貰えたはずであったが、壬弁護士は、自分は破産法が得意という自負に縛られて、聞くことができなかった。このころ、壬弁護士は、破産管財業務は法律論が主ではないのではないかと思いだしていた。(続)
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 申立書を仕上げて、ボス弁に見せると、「この仮払金は何だった。」と問われた。「わかりません。」というと、「ちゃんと調べて。」と言われてしまった。財産性はないはずなのにと思っていたが、元帳を見ても、ただただお金が出ているだけで、何も書いていなかった。代表者を呼んで確認しても、よく分からないとのことであった。代表者が分からないのであれば、分からないと思って、ボス弁に「代表者も分からないそうです。」と答えると、「依頼者の顧問税理士に聞いてごらん。」と言われた。早速、依頼者の顧問税理士に連絡を取ると、「毎月の締めで現金残が合わないものを仮払金としているのだけど、多分、社長の懐に入っているのではないかな。」という答であった。再度、代表者を呼び出して確認すると、最初は認めなかったが、最後は、「もしかしたらそうかもしれない。」と言い出した。結局、代表者は、仮払金を代表者に対する貸付金として、評価することを認めた。その旨をボス弁に報告すると、「そうだろうな。結構、懐に入れている可能性が高いから、社長個人の資産もきちんと洗い直して。」と指摘を受けた。壬弁護士は、ボス弁の洞察力に感心するとともに、自分の能力のなさを痛感した。こんなことで破産管財業務ができるのあろうかと、疑問を持ちだした。再々度、代表者を呼び出して、個人資産を確認したが、これ以上ないということだったので、そのまま、申立を行った。
 申立後、破産管財人との面談で、「会社の預金や社長の預金から、奥さん名義口座に何回か振り込まれているけれど、これは何かな。」と聞かれた。壬弁護士は、また、通帳か、と思ったが、「調べて報告します。」と答えた。「ところで、ボス弁は元気かな。最近お目にかかっていないけど、僕も昔、あの人に破産管財業務を教えて貰ったんだよ。」と言われた。何気ない言葉であったが、壬弁護士は嫌みを言われているような気がした。事務所に戻ってから、代表者に確認すると、奥さん名義の預金が数千万円あることが分かり、送金の時期からして、財産隠匿の可能性が極めて高いことが分かった。直ちに、戻すように代表者に言ったが、言を左右して、戻すことを嫌がった。ボス弁に相談したところ、「通帳は見なきゃ駄目でしょう。社長には私が話しておく。」と言われた。壬弁護士は、こうやって、仕事を覚えていくのかな、とも思ったが、毎度毎度の失敗で、自分は向いていないのではないかと、思ってしまった。(続)
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 丁度そのころ、ボス弁がやっている破産管財事件が配当になった。ボス弁が、「壬先生、配当表を作ってみる。」と言ってきた。また、計算かと思ったが、断ることができず、「はい。」と答えた。債権者は、200名程度で、何故か、合計計算がスムーズにできた。配当率を計算して、配当通知を作成した。ボス弁に報告すると、「少し配当率が高い気がするけれど、大丈夫。」と言われた。壬弁護士は、何度も検算をして問題がなかったので、「はい、大丈夫です。」と答えた。配当許可を申し立てたところ、裁判所から連絡が入った。「支出の中に管財人報酬が抜けてます。再計算してください。」とのことであった。びっくりして、収支計算書を見ると、前回の債権者集会の報告書の数字で計算していた。しかも、その後、財団債権の支払いなどもあり、配当原資は全く違う数字であった。あまりにもひどい失敗に、打ちのめされてしまったが、その旨をボス弁に報告した。「壬先生は、僕に、無料奉仕をさせるつもりだったの。困った人だね。君の破産法は試験だけか。」と冷たく言い放たれてしまった。壬弁護士は、「すみません。」と頭を下げたが、自分があまりにも破産手続を理解していないことにショックを受けていた。加えて、行っている業務が足し算や割り算など、小学生の計算問題みたいで、ちっとも、魅力を感じなくなっていた。自分が受験中に勉強していた理論は何だったのだろうか、と悩み出していた。
 ボス弁に新しい破産管財事件が来て、壬弁護士は、会社の本社ビルの売却を任された。(続)
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 本社ビルは都心の一等地のため、毎日毎日、違った不動産業者が連絡してきたり、事務所を訪問してきたりで、その応対に追われだした。壬弁護士は、不動産の売買など、経験したこともなく、どうすれば良いのか、さっぱり分からないし、いい加減な対応をすると、怒り出す業者もいて、だんだん、嫌になってきてしまった。
 業者の大半が中を見たいというのを、面倒くさいので、無視していたら、ある日、ボス弁に呼び出されて、「売買は進んでいるのかな?」と聞かれた。「いや、まだです。」と言うと、「本社ビルは行ってみたの?」と聞かれた。「いや、まだです。」と答えると、「現地も見ないで売ることはできないでしょう。早く見に行って、写真でも撮ってきなさい。」と指示された。早速、本社ビルに行ってみると、入り口の所にゴミが積み上げられていた。さらに、中に入ると、ものが散乱し、足の踏み場もない状態であった。ボス弁にその旨を報告すると、「きれいにしないと良い値段で売れないから、清掃業者を連れて、きれいにしてきなさい。幾らで売れるかによって、私の報酬も変わるのだから、良い値段で売れるかどうかが非常に重要なんだよ。壬先生は、私に無料奉仕をさせたがっているかもしれないけど。」と言われた。壬弁護士は、ボス弁が前の事件のことを根に持っていることも気になったが、破産管財業務が不動産業に思えてきた。言われたとおりに、本社ビルをきれいにして、希望の業者につきあって、中を見せたりもした。最終的に、一番高値をつけた業者と契約をしたが、決済日に、その業者が、代金が支払えないと言い出した。しかも、その段階で、2割減の代金であれば、すぐ払うとも言い出した。ボス弁にその旨を報告すると、「支払能力もちゃんと見極めないと困るじゃないか。破産管財人としての私に恥をかかせるの。」と烈火のごとく怒った。「不動産の取引をするのは初めてなので。」と言い訳したが、「これが君がやりたがっていた破産管財業務だよ。」と突き放されてしまった。この一言で、壬弁護士は、自分の思い描いていた破産管財業務が実務ではまるで違うと感じ、「失礼しました。」と頭を下げ、ボス弁の部屋を退室した。そのまま、自席の荷物をまとめて、事務所を出た。(完)
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