壊れてしまった弁護士たち

若手弁護士に実際に起きた出来事を、個人を特定できないように相応のフィクションを交えながら紹介していきます。

カテゴリ: #11 ネット時代の寵児

 Z弁護士は、ネット世代の申し子とも言うべき人間で、色々な問題をネット検索しては、資料にまとめる能力に長けていた。入所した事務所で、たまたま、市販の六法全書にも出ていないような法律が問題となり、ボス弁から調査依頼されたところ、検索能力を駆使して、国会の答弁やら法制審議会の議事録やら、手に入ると思われる資料をすべて探しだし、レポートを提出した。それを見たボス弁は、「君はすごい才能があるね。」と絶賛してくれた。Z弁護士は、「いや、コンピューターさえあれば、何とかなりますよ。」と軽く謙遜した。その後も、何かにつけて、調査の仕事を頼まれ、通常、目に触れない資料を探し出して、報告していた。
 ある日、ボス弁から、離婚事件の慰謝料の額を調べて欲しいと言われた。Z弁護士は、簡単な仕事だな、と思って、判例データベースにアクセスして、離婚・慰謝料と入力したところ、膨大な数の判例が表示された。実は、Z弁護士は、司法試験に親族法があまり出ないことから、試験勉強では殆どやっていなかった。この時、勉強しておけば良かったと、一瞬後悔したが、何とかなるだろうと、思った。しかし、この数の判例をすべて読むことはできないと判断して、何かの言葉で絞りをかけようとしたが、ボス弁からは、事件の内容を聞いていなかった。(続)
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下手に絞りをかけると違う答となってしまうので、翌日、ボス弁に「どんな事件ですか。」と聞いてみた。すると、「実は、今度講演を頼まれていて、その下準備として、大体の傾向を知りたいのだけど。」という答であった。「少し古い資料としては、こんな本があるのだけど、その後の傾向が知りたくてね。」と言って、20年前の小冊子のようなものを渡された。とりあえず、検索の範囲は過去20年には絞られたが、その小冊子は、事細かく色々な事例毎に金額が書かれていた。そこで、その小冊子の事例毎の文言で絞りをかけて、検索をしてみた。膨大な数の判例は、いくつかの山には分類されたが、一つ一つ読まなければならないことには変わりがなく、どうやってまとめれば良いかが、分からなかった。また、ある判例は、いくつかの山で重なっていることもわかり、それをどちらかの山に分けて良いかも分からなかった。これは、離婚原因が二つあるような判例は当然両方の山に入るのであって、どちらかに分けること自体が難しいのであった。
 Z弁護士は、今度は、小冊子がどうしてそのような分類をしたかを考え出した。ただ、離婚自体の理解が深くないZ弁護士にとっては、容易に答えは出なかった。元々、Z弁護士の勉強は、データベース型とも言うべき方法で、資料を集めて、暗記して、当てはまるものをそのまま答えることをしていたため、考える力は弱かった。司法試験の勉強に関して言えば、情報収集だけで、乗り切ることはできたのだが、ここで行き詰まってしまった。どうすれば、全部を読まなくて済むのかと考えても、絞りがかけられないため、作業は遅々として進まなかった。(続)
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 思いつくままに、検索と絞りを繰り返したが、なかなか、数は減らなかった。他の事務所のホームページを覗いてみたが、そのまま使える内容のものはなかった。
 ボス弁からは、「早くしてよ。」と言われ、「全部がうまく整理できないのです。」と言い訳をすると、「代表的なものでいいんだよ。」と言われた。ここで、また、代表的なものとは何かが分からなかった。Z弁護士としては、千差万別とも言える離婚事件に代表的なものがあるとは到底思えなかったのである。そこで、同期の弁護士に相談をしてみると、「不貞でいいんじゃないの。」と軽く返されてしまった。そこで、不貞で絞りをかけて、それでも、相当数ある判例を、テキストデータに落とし、結論と判旨とをまとめたデータベースを作り上げた。漸く仕上がった資料をボス弁に見せると、「こんな大量なものを2時間の講演で話せるわけないでしょう。しかも、不貞しかないし。他のは。」と怒られてしまった。Z弁護士としては、ますます何を作って良いか、が分からなくなってしまったので、「何を作れば良いのでしょうか。」と聞いてみた。「そんなことは常識でしょう。どの事件だといくらぐらいが相場みたいなものでしょう。」とかなりきつく言われてしまった。そこで、金額で絞りをかけて、いくつかの山を作ってみたが、金額と離婚事件の内容とが、うまくつながらず、相場がいくらかが出せなかった。いくつかの共通語を探しているうちに、何となく傾向らしいものが出てきたので、それをレポートにしたところ、「こんな特殊な分類は誰が考えたの?」と怒鳴られてしまった。「自分です。」と言うと、「あの小冊子を前提にしてよ。君の極端少数説では、私が笑いものだよ。」と突き返されてしまった。講演の日がかなり迫っており、ボス弁も相当イライラしていた。
 結局、元に戻って、小冊子を基準とした山に従って、大体の傾向をまとめ、ボス弁に見せた。「この数字は、私の感覚とずれているな。元の資料はある。」と言われ、膨大な判例のコピーの山を自席から運んでくると、「代表的なものを取り出して。」と怒られた。「どれが代表的か分からないのですが。」と、Z弁護士は小さな声で答えた。ボス弁は、一瞬、目が点になり、「君、弁護士だよね。」と言った。Z弁護士は、「はい。」と言えなかった。 (完)
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