壊れてしまった弁護士たち

若手弁護士に実際に起きた出来事を、個人を特定できないように相応のフィクションを交えながら紹介していきます。

カテゴリ: #12 ずれている

 Y弁護士は、どこというわけではないが、周囲の人と少し感覚がずれていた。修習中も、積極的に懇親会や飲み会に参加するのだが、気がつくと周りに人がいなかった。Y弁護士としては、法律問題や社会問題など、皆と議論をしたかったのだが、人の輪の中に入っても、気がつくと一人でしゃべっていることが多かった。
 司法修習終了後、知人の紹介で、ある事務所に入所したが、ボス弁はどちらかというと無口なタイプで、仕事以外で、Y弁護士の相手はしてくれなかった。Y弁護士は、同期の集まりや若手弁護士の会合など、誘われるものはすべて出席し、皆と議論をしようとしたが、誰も相手をしてくれなかった。自分としては、色々と調べて、正しい意見を述べているつもりであったが、誰も受け入れてくれなかった。Y弁護士は、その原因がどこにあるかは分からなかったが、議論ができる人を探して、弁護士会以外の会合にも顔を出してみたが、やはり、結論は同じであった。
 その内、故意か過失かは分からないが、誘いの連絡が来なくなった。最初は誘いの連絡が来ないことに気がつかなかったが、ある時、同期の弁護士から、「Y弁護士この間の集まりは何故来なかったの?」と聞かれ、自分が呼ばれていなかったことに気がついた。びっくりして、色々と確認をとったところ、殆どの会合からの連絡が来なくなっていた。いずれも、「何かの手違いでは?」という回答だったが、中には、「あなたは外れました。」という拒否ともいえる回答もあった。
 Y弁護士は、自分はどこが悪いのか、悩んでしまった。色々な会合での意見は、多少過激なこともあったが、同じようなことを発言している人もいたし、挨拶を忘れたこともないし、何か失礼なこともしていないし、と、今までの自分の行状を点検してみたが、人に嫌われることはないように思えた。人とのつきあい方みたいな本を読んでみたり、インターネットでの人生相談を検索したりなど、原因を探ってみたが、結論は出なかった。思いあまって、司法研修所の教官だったH弁護士に、相談してみた。Y弁護士が、「H先生、私は、どうも周りの人に嫌われているみたいなんですが、どこが悪いんでしょうか。」と問いかけると、H弁護士は、「そんなことがあるの?」と怪訝な顔をした。そこで、Y弁護士は、色々な会合からの誘いが来ないことや自分の行状を、半分涙声で、縷々説明した。Y弁護士の長い話の後に、H弁護士は、「その場に、私はいなかったので、分からないけど、どこかずれているんだろうな。」と、ぼそりと言った。(続)
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 Y弁護士は、「どこが、どこが一体ずれているんでしょうか!!」と大声で強く聞いてしまった。「例えば、今の聞き方だよ。そんなに、大声を出されたら、びっくりするじゃないか。」と、H弁護士は冷静な声で諭した。
 「どこと特定はできないだろうが、君の話し方は、多分、癇に障るのではないかな。」と言うと、H弁護士は、それ以上のアドバイスはできないとして、相談は終了した。
 Y弁護士は、困ってしまったが、まずは、大声を出さないようにして、人に媚びるような話し方にしてみた。ところが、今度は、周りが気持ち悪がって、さらに、皆が離れていった。Y弁護士は、ますます土壺に嵌まってしまい、議論はしたいが、誰も相手をしてくれないという状態が続いてしまった。その間、仕事の方は、それなりにこなしていたが、議論のできない鬱憤を、法廷での論争に向けてしまい、しばしば、裁判官から発言を止められることが出てきた。裁判官から、「Y弁護士、その点は、書面で提出してください。」と窘められると、Y弁護士は、逆に議論をふっかける、という悪循環に至っていた。和解の席でも、自説を延々と30分も述べることもあった。ある裁判官が、たまたま、ボス弁と同じクラスであったので、ボス弁に、Y弁護士を何とかして欲しいと、連絡してきた。話を聞くうちに、ボス弁も、これはまずいと思い、Y弁護士に注意をすることにした。
 ボス弁は、Y弁護士を呼びつけると、おもむろに、「君は空気が読めないのかな。」と言い出した。Y弁護士は、キョトンとして、ボス弁の質問の意味を考えた。「そういうことはないと思うのですが。」と答えると、「君の法廷活動は少しずれているみたいだよ。少し、考えなさい。」と言われた。元々無口なボス弁なので、これ以上の話はなかったが、Y弁護士は、「ずれている。」という言葉に、またまた、困ってしまった。Y弁護士は、もしかしたらどこに行っても、自分は受け入れられないのではないかと、思ってしまった。何がずれているのか、という自問自答を繰り返し繰り返しするようになってしまった。
 ある日、駅前広場で、民法の錯誤に関する議論を滔滔と述べているY弁護士がいた。誰も話を聞いていなかった。 (完)
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