壊れてしまった弁護士たち

若手弁護士に実際に起きた出来事を、個人を特定できないように相応のフィクションを交えながら紹介していきます。

カテゴリ: #13 見られている

 X弁護士は、人の目が気になるタイプであった。いつも誰かに見られているのではないかという強迫観念とまでは言わないが、ついつい気にしてしまうことがあった。
 ボス弁からは、どう見られているのか、同期の弁護士からどう見られているのか、裁判官から、等々、気にし出すときりがないが、どうしても、そのことが心の中にじわじわと出てくることが多かった。道を歩いていても、歩き方がおかしくないだろうか、とか、変な顔をしていないだろうか、などと考えることもあった。友人からは、気にしすぎと言われることもあったが、なかなか、直らなかった。
 ある日、X弁護士が、法廷で、着席しようとして、躓いてしまった。記録がバサッと散乱し、アタフタしながら、拾い集めて、着席した。X弁護士は、変なところを見られたという気持ちで頭の中がいっぱいになり、裁判官の発言や相手方代理人の発言が、全く聞こえなくなってしまった。裁判官が、「X弁護士、X弁護士。」と何度も呼びかけている声が漸く聞こえ、我に返って、顔を上げた。「次回期日ですが、○月×日午前10時でよろしいですか。」と言われ、手帳を見て、「はい。」と答えると、「では、準備のほどお願いします。」と言われた。X弁護士は、何を準備するのか分からないまま、法廷を後にした。
 事務所に戻って、ボス弁に、次回期日と次回何かを準備しなければいけないという話をすると、「何かって何?君何しに行ってきたの。」と言われた。躓いて、よく聞こえなかったと言い訳すると、「それ、どういうこと?躓いても耳は大丈夫でしょう。耳でも打ったの。」と取り合って貰えなかった。X弁護士は、恥ずかしいと思ったが、裁判所に電話をして、書記官に準備の内容を確認した。
 次回期日になり、今度は、躓かないように、慎重に歩いて着席した。すると、裁判官から、「X弁護士、足をどうかされましたか。」聞かれた。「いいえ。」と答えたものの、今度は歩き方がおかしいとみられたと思って、また、頭の中がそのことでいっぱいになってしまった。裁判官から、何か釈明を受けているような気がしたが、何を言っているか聞き取れず、曖昧な返事をしてしまった。(続)
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 事務所に戻って、何か釈明を受けましたというと、ボス弁が、X弁護士の顔をじーっとのぞき込んで、「今日は躓かなかったんだよね。」と言われた。「はい。でも、歩き方が、」と言い訳しようとすると、それを遮って、「調書にどう記載されているか、確認して。」と言われた。X弁護士が、裁判所に確認すると、本来認めてはいけない事実を認めていることが分かり、唖然とした。その旨をボス弁に報告すると、烈火の如く、怒り出した。「それでは、裁判の負けが確定してしまうではないか。何とか訂正してきなさい。」と言われた。X弁護士は、裁判官に直接面談して、聞き間違えたと説明をしたが、「私は、3回も確認して、あなたは、はい。と言っていましたよ。」と言われ、訂正してくれなかった。ボス弁にその旨報告すると、「もう、君は良いから。」と言って、担当から外された。
 その日以後、ボス弁が自分を見る目が変わった気がして、事務所にいるのがつらくなってしまった。事務員も何か変な目で自分を見ているような気になり、事務所を休みがちになってしまった。
 ある日、ボス弁から、「君はどこか具合が悪いの?」と聞かれた。「病気ならちゃんと直してくれないと、皆が迷惑するんだけど。」と言われた。X弁護士は、「病気ではないのですが、」と言葉を詰まらせると、「じゃあ、何。」と問い質してきた。「変な目で見られているのでは?」と答えると、「えっ。どういうこと。セクハラということ?」と聞き返された。X弁護士が、「違います。私は何か変でしょうか。そのことが気になって仕方がないのです。」と言うと、ボス弁は、「立派に変だよ。」と言って大笑いした。その瞬間、X弁護士の中で、何かが大きな音を立てて壊れてしまった。二度と殻から出ることはなかった。(完)
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