壊れてしまった弁護士たち

若手弁護士に実際に起きた出来事を、個人を特定できないように相応のフィクションを交えながら紹介していきます。

カテゴリ: #15 あがり症

  V弁護士は、弁護士数9名の中規模事務所に勤務する登録4年目の若手弁護士であった。性格はまじめで大人しく、弁護士としての知識・経験等に特に優れたところはないものの、まずは同年代の弁護士の平均的な水準には達していた。ただ、V弁護士には、性格的に気の小さなところがあり、人前で話すときなどには極端にあがってしまい、何も喋れなくなってしまうようなところがあった。
  あるとき、V弁護士に、継続的取引に関する契約書の作成をテーマにした受講者100名程度のセミナーの講師をしてほしいという依頼があった。V弁護士は、自分が極端なあがり症で、人前で話をすることが苦手であるということを強く自覚しており、また、それまでにそのような大人数の前で話をした経験がなかったことから、気持ちの上で非常な尻込みをした。しかし、事務所のボスから、「弁護士たる者が人前でまともに話せないとは何ごとか。良い機会だから、君のそのあがり症も徐々に克服していったらどうだ。」と激励され、また、自分でもいずれ何とかしてあがり症を克服したいと常々考えていたことから、思い切ってその話を受けることにした。(続)
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  しかし、その結果は惨憺たるものとなってしまった。V弁護士は、「絶対に失敗したくない」という意識から、長時間をかけて事前準備を行い、万全のレジュメを作成したが、セミナー本番での時間配分を完全にミスをしてしまい、用意したレジュメの後ろ1/3については、ほとんど触れられないまま、セミナーの予定時間を終了してしまうというありさまであった。V弁護士は、セミナーの途中からは完全に頭が真っ白になってしまい、半分支離滅裂の状態で話を終えることになった。実際には、セミナー前半ではそれなりに丁寧な解説をしていたこともあって、受講者の反応はそこまでひどいものではなかったが、V弁護士は、「大失敗をしてしまった。やっぱりこの話は受けるんじゃなかった。」と思い込んでしまい、強いショックを受けて、ひどく落ち込んだ。
  そのセミナー以降、V弁護士は、大失敗をしたショックから、単なるあがり症だけではなく、ひどい不安障害に悩まされるようになった。たとえば、打ち合わせの席などで依頼者と向き合うと、それだけで、セミナーのときの受講者から突き刺さる視線を思い出してしまい、極度の不安や動悸をおぼえるようになった。V弁護士の症状には波があり、症状が軽いときは打ち合わせ等も何とかこなせるが、症状がひどいときは声も全身もぶるぶる震え、パニックの発作の一歩手前にまで追い詰められることもあった。当然、依頼者は怪訝な顔をするし、それがますますプレッシャーになるという悪循環になった。また、電話による連絡等に対しても、恐怖にも似た強い不安を感じるため、V弁護士は、日常的な業務遂行にも支障をきたすようになった。
  V弁護士は、何とか、治そうと思い、カウンセルや医者通いを始めたが、気持ちが空回りして、なかなか、先が見えない状態が続いている。 (完)
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